第7話「結果詐欺師」

一般にはこれからの話は詐欺としては成立しづらいが、私に言わせれば結果詐欺師だと思う。

銀座の高級クラブ『ラ・ロンド』で働く礼子は、50人以上いるホステスの中でも3本指に入る美人だ。

お世辞など言わなくても隣に座っているだけで絵になる和服の似合う35歳だ。私が金の世界で闘っているのを知っているので、礼子は将来の夢などをよく話してくれた。

「私やっと3,000万貯まったの。この10年間嫌なお客やしつこいお客をさばきながら貯めたのよ。3,000万貯まったら水商売はやめようと思ったの。だけど、この頃この世界で生きてみようと思い出したの。1~2年でお店を開くから絶対にお客になってね」

「えらいなあ礼ちゃん。僕も銀座のネオン街は長いけど、お金を残して上手にやめて行った女性は数人しか知らないよ。借金抱えてソープに行っちゃったり、行方不明になったり、つい最近も並木通りの地下で派手にやっていた有名ママが行徳の方で生活保護で暮らしているって聞いたよ。だから、お金は纏まって持った時が大事だよ。小出しで使わずチャンスを待って生かさないとね」

「わかったわ。室井さんはプロだからね。その言葉しっかり頭に入れておきます」

と、美しい笑顔を見せた。

それから1年。礼子が食事をご馳走して、と電話をしてきた。しばらくぶりなのでよく行く日本料理店の長山に招待したが、すでに礼子の噂は私の耳に入っていたのだ。噂とは、私の知人の弟で名うての女たらしに礼子が引っかかっているとの話だ。

その男は女から巻き上げた金で買った外車で目的の女が店が終わるのを待って送り迎えをして部屋に入り込むのが常套手段だ。礼子ほどのベテランガなぜ引っかかるのか。やはり、寂しい心の隙間に入りこまれるのか。それとも、私のようないい女には遊びじゃなくて本気だろうと自信過剰になるのか。

1年ぶりに会った礼子は一回り痩せていた。だが、表情は悩んだ後だけに怪しげにきれいだった。

「室井さん、私は馬鹿よ。何もかも失くしちゃった。最初はお店を一緒にやろうと、いい店が見つかった、ホステスを引き抜くのにお金がかかると、お金を持っていかれたの。同棲のような形だったからね、おかしいと思うことは何度もあったのだけど、自分に都合のいいように考えてしまって、これではダメとやっと気づいて彼と別れて1人で住もうと思い、残しておいた50万程入った預金通帳だけが私のお金なのに。室井さん、彼の噂は知っていたでしょう」

「うん、そうだね。彼が昔だました女性に知り合いがいたので、彼女には付き合いをやめろと相当きつく注意したことがあるんだけど、その女性は僕がヤキモチをやいていると思ったみたいで、
『室井さんも普通の男ね。これから真面目に生きるっていう彼の良さはわからないでしょう。なんか室井さん、ヤキモチを妬いてるみたい』って言われちゃったもの。それからは男女のことには距離をおいているね。ところでこれからどうするの」

「うん、そうね。もう働く意欲が無くなっちゃってね。最後に彼がお金を貸せと言ってきた時、私は呆れてもう何もかもあなたが持って行ったでしょう。宝石や時計だってリサイクルショップに売っちゃったでしょう。そのお金だって全てあなたが使ったんじゃない。もうこれしかないけど、もっていくなら持っていきなさいよ。と言って50万円しか入っていない預金通帳と銀行印を床に投げつけたの。そしたら、彼どうしたと思う。『ああ、ありがとう』そう言って通帳と印鑑を持ってさっさと出て行ったわよ。そこまでになってやっと別れる決心がついたわけ。バカでしょう、私って」

それから礼子は銀座から消えた。たまにどうしているのかなと、あの楚々とした美人を思い出す。

これなんかは絶対に詐欺の材料は山ほどあるのだ。だが、礼子も訴訟を起こしたりしないだろうし、仮にいくつかの書類を用意して弁護士を頼んだとしても恋人同士で一緒に店をやろうとして俺は努力したんだ。自分の金だって相当つぎ込んだんだ。と弁舌巧みに捲し立てられたら事件にするのは難しい。

礼子が取立て委任をしてくれたら、そういう卑しい男とは闘ってみたいが、もう礼子は彼と闘う気力も費用もないだろう。もう思い出したくないと言うに決まっている。こういう男は詐欺師だろう。結果詐欺師の中に入れるよりも、真の詐欺師だと私は思う。

この結果詐欺師というのは、大変判断が難しい。結果的に周囲や取引先を騙すことになるのだが、最初から詐欺を働こうと思ったのではなく、頑張っていたが、二進も三進も行かなくなり、途中からはこれは詐欺行為だと分かりながら深みに嵌っていく者のことだ。

私のような第三者から見ると、いくつかの要素から判断出来るのだが、信じ切っている被害者にはいくら忠告してもダメだ。しつこく言うと逆に反発される。何故なら、最初は加害者でさえ詐欺になるという結果に気が付いていないのだから、被害者に分かるわけがない。どんどん深みに嵌り、一緒に頑張ってしまう。

やっと騙されたことに気が付いたとしても、今まで忠告してくれた人達に、「あなた達にはあの人の良さが分からないんだから」などと、強硬に主張していたため、今更愚痴もこぼせず一人深みに入って行ってしまうことになる。

バブル時代はいざ知らず、(最後は皆さん稼いだと思っていた金や不動産を失って、尚、親からもらった資産や、シコシコと蓄えた金まで失ってしまいましたが)今の世の中に何もリスクがなく、何も努力をしないで、銀行の定期預金の利息の5倍も10倍も稼げる筈がない。

現在の経済環境の中では、頭も体も人間関係も大切にして、それを充分に活用しなくては一般の人より稼いだり、面白い儲け話を見付けることは出来ない。
世間にはこういう小悪党や悪徳ブローカーがひしめいている。

そこの会員になればひとりでに金が儲かるとか、外国のわけの分からない資産の話、そして国内においても、ある宗教団体の秘密のお金の運用の話、身近には一緒に会社を作ろうとか、もう少しでビジネスも軌道に乗るのだが資金が少し足りないので、資金参加してくれれば高額配当を出すとかいう。そんなものは2回か3回配当をしたら、追加融資を求めてくる。

現金がなければ担保提供をしてくれてもいいし、または保証人になってくれ、と虫のいい誘いをかけてくる。

すでに出した資金を回収したいために、ますます深く泥沼に入るのは簡単なことだ。
誰も最初から」大きくやられるわけではない。小さなお金から「嵌ってしまう」ケースが多いのだ。

「出資の罠」

40代でしょっちゅう仕事が変わる松下という男がいた。

中肉中背で、見かけは生真面目なサラリーマン風である。松下は自分を詐欺師とは思っていないようだ。

事業家のつもりのようだが、仕事はいつもうまくいかないため、結果的に周囲を食い物にしてしまうことになる。結果詐欺師だ。

詐欺前科のあるところをみると、やはり詐欺師とみていいのだろうが、本人はそうは思っていない。

自分は運が悪くて捕まってしまったと思っている節がある。

見かけも優男で、文章はうまく企画書などを書かせると、中身はないのだが、拍手をしたいほど上手に作る。

松下は音楽関係にいたこともあり、企画会社を作った。

もちろん、会社は資本金もないので、会社設立をしてくれる人に頼んで、60万円位で資本金1,000万也のもっともらしい名前の会社を作った。

まず、善意の知人を仲間に引き入れ、彼を取締役として(こういう場合、仲間は必ず本人、又は親が不動産を持っていることが条件)

当座の経費は彼、田辺に出させていた。

田辺は本心から企画会社をやろうと、今まで勤めていた会社を奥さんの反対を押し切り辞めてしまった。

田辺は若い女性を雇いたがるが、松下は履歴書の中から千葉在住の40歳代の女性を雇うと主張する。仮に女性の名前を吉田とする。

吉田は若い女性が何人も面接に来たのに、自分を雇ってくれたことに感激してしまう。

入社しても仕事はほとんどない。昼食時に松下のロマンと仕事への情熱の話を聞かされる毎日だ。1~2か月ほど経った頃、松下は吉田に事務員では給料も上げられないし、将来も不安でしょう、見ていると仕事もできるし、私のことも理解してくれているので、是非取締役になって一緒に会社をやってくれませんか、と勧める。

田辺は本来真面目に仕事に取り組んでいるのだから、それはいいな、2人より3人いれば心強いやりましょう、と田辺も吉田を誘う。

田辺のような善意の人の存在が松下の仕事をやりやすくする。

最初辞退していた吉田も、私も捨てたもんじゃない、もう1度青春を思い出して頑張ってみようかしら、そうすれば一人娘が成人するまでにお金を稼げるし、預金に手を付けなくても済む、と思い、経営に参加して取締役となった。

松下は資本金1,000万円のうち300万円を吉田に出資させた。その300万円でネオン街に通い、気に入ったホステスにプレゼントまでしていた。

傍目には金持ちの経営者のように見える。

最初から資本金の実態はないのだから、吉田が出資した300万円は自分の金のようなものだ。金回りがよくなれなればお客の出入りが始まる。

松下は銀行に当座を開き、手形・小切手を使い、知人や街金融から金を借りだす。多額の金を借りる時はいつの間にか田辺や吉田は取締役として個人保証をして、印鑑証明書をつけて個人の連帯保証人とならされている。

金融業者は松下の計画をうすうす知っているのだが、田辺や吉田という資産を持っている2人がついているので、素知らぬ顔で金を貸し、高利をとっていく。

松下より上をいくのが金貸しだ。まして松下には前からの貸金が残っている。今回の松下の計画で入る悪銭で全額回収してしまう腹だ。適当に貸金が増えた時に、権利書を持ってこさせるか、または物件に仮登記を付けて回収にかかる。

松下は金の切れ目が縁の切れ目で、浪費した挙句に逃げてしまう。

あとは夢を見ていた2人の保証人が「つけ」を払わされることになる。

手口は巧妙で、被害者が刑事告訴をしようとしてもなかなか難しく、結局民事で追いかけるが、弁護士費用がかかっただけで、これという成果を上げられないまま泣き寝入りだ。

自分が得意とする能力を使うか、又は自分で経営する能力を持っていなければ人の口車に乗り、簡単に会社経営等に参加しないことだ。

会社を経営し、投資をして金を稼ぐのには、自分が金銭の出し入れをチェックする能力、また自分が仕事の動きと先を読めなくては必ず失敗する。

田辺も吉田も勉強代というには高すぎる代償を支払わされた。

田辺は自宅を売却し、吉田は預金をすべて失った。

松下は先月出会った時はもう別の会社を作り、新しい名刺で次の獲物を見つけたようだ。次は地方の金持ちの娘を歌手にしてやると言って、準備資金や運動費を出させ
ると得意そうに話をしていた。

何度も似たようなことを繰り返し、出会う人達に金銭の被害をかけているのにも拘わらず、松下の心には加害者意識がない。会社が儲かれば高い配当金を払ってやれたのに、と田辺や吉田と同じ被害者意識を持っている。

今度の音楽プロダクションも、歌手を育ててNHKの紅白歌合戦にでも出せば面白いように儲かるのだ。と夢を見るような眼で私に力説していた。

本人も信じているあの熱の入れ方を観たら、小金持ちで適当に欲の張ったカモはすぐに引っかかると私には思えた。

だが、10年後の松下のことを説明しておく。その後詐欺罪で数年刑務所暮らしをし、出所してから私に会いに来て、これからは真面目にやる等と言っていたが、1か月も経たないうちに
詐欺まがいの仕事で周りの人を巻き込み損をさせ続けていたが、さすが刑務所経験有だから、刑事事件にならぬよう民事の訴訟を受ける程度で済ませていたが、それだけ人を騙していたのにも拘わらず瞬間的に金回りのいい日はあったようだが、ほとんど贅沢をしている姿を見たことがない。いつもピーピーの生活だった。

何故なら、松下に悪銭であろうと少しでも収入が入ると過去の債権者が手を変え品を変えて回収していくのだ。

そしてついに今は生活保護をうけ、週に何度かビルの清掃に行っているようだ。ああいう人間が生活保護をもらえるのも不愉快な話だが、私の周囲には「俺は太く短く生きる」「年金なんかあてにしたんじゃ何も出来ないよ」等と言っていた男や女達で現在生活保護を受けている人はたくさんいる。

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