第8話「お金はあなたに回ってこない」

ある日、知人の紹介で銀座でバーを経営している昭子38歳が借金の申し込みに来た。

私の会社は「ローンズ・ロイ」という名称で店舗展開をしていた。銀座のママということなので銀座店で会うことにした。

やって来た昭子ママは小柄で色白の美人というより愛嬌のあるかわいいというタイプで、さすがママ10年選手だ。そつのない態度で好感が持てるものだった。

借り入れ申し込みは500万円で、借金の使途は10年経った店のリフォームということだった。金融機関なら見積書等提出させてチェックするだろうが、債務者の借入理由はどうせあてにならず、当社としては500万は大口融資なので、しかるべき保証人が付かなければ無理だと告げると、保証人として出してきたのが大企業のN製粉の常務取締役だった。

それが間違いないならば、500万円どころか1,000万でも貸せる。

すぐに調べさせてもらった。

今のようにパソコンやスマホのない時代だ。会社案内や自宅の謄本など必要な調査を終了し、本物ということで融資を実行した。

常務は飯田作蔵58歳だ。

立場上ロイには来られないというので、当方も失礼のない対応の出来る者ということで、銀座店の店長の黒元を行かせた。

黒元は借用書に署名をもらって会社に戻って来た。

黒元は感激したように

「すごいですよ。受付ではもちろんローン会社とは言わずに身内の者ということで案内してもらいましたが、長い廊下を行くと立派な個室ですよ。私はいつも一般のサラリーマンや主婦・OL相手ですからね。緊張して何度も借用書を見直すので、飯田常務に笑われましたよ。でも、人の好さそうな品のある紳士でした」

生真面目な黒元はまだ興奮が収まらない様子で報告した。

それから2年位の期間、昭子ママは飯田を保証人にして返済したり、再借入れをしたりで、結局ロイの貸付残は2,000万近くになっていた頃、飯田は会社を辞めた。

理由は定かではないが、昭子ママとの関係が奥さんや子供に知られたこと、昭子ママとのことが会社にも分かってしまったようだ。

私は初めて飯田氏と会った。

飯田は2軒の家を持っていたが、大きな方の家は女房の所有とし、もう一軒の貸家の方を売却した。

銀行の抵当権が一番に付いていたので、当社の根抵当権仮登記は200万程未回収金が残ってしまった。

昭子ママの店は前から火の車だったので飯田の後ろ盾が無くなったらとてもやっていけず、銀座のバーを売却して下町にカウンターだけのとんかつ屋をオープンした。

去る時に銀座では名前の知れた不動産仲介会社のイシヤマの社長が親しかったので、売却時に立ち会わせてもらって当社は150万を回収したが、どうしても50万円が未回収で残ったため、下町のとんかつ屋に黒元を中心に社員が毎日集金というより、督促に行くことになった。

金利は当初月6%で、なかなか元金が減らない。やっと残金が20万位になった頃、他の社員を集金に行かせていた黒元店長もそろそろ完済にしなければと、店長自らとんかつ屋に行った。そして戻って来た時、

「社長、人生とは何が起きるか最後まで分かりませんよね。あの飯田常務がとんかつ屋の出前持ちをやっているんですよ。背中が丸くなって、私と会っても恥ずかしそうどころか、何の気力もないようでしたよ」

「そうだな、さんざん台所からお客様を見てきたけど、自殺者や行方不明になる人も多いよね。その人達が今頃どこでどうやって生きているんだろう、と思うことはあるよ」

という私に、

「社長、昭子ママから頼まれたんですけど、残り全額今月末に払うから、飯田と別れさせてくれないかっていうんですよ。昭子ママは前の商売柄か性格か、見かけのいい客に色目を使っているんじゃないかな。それを飯田が店の入り口に立って、ジーっと見てはママを睨むんだって。その目が嫌で嫌で何であの男は出て行かないのかしら、私がどんなに冷たくしても出て行かないんだから。黒元さん、別れさせてよ。なんて言うんですよ。あんなに飯田に世話になったのに。あのママはどう見ても銀座のバーのママじゃないですよ。元々とんかつ屋の方が合っていたんじゃないですか」

北海道出身で幼い頃母親を亡くした黒元はこんな女のために家族を捨てた飯田に怒りを感じているのか、自業自得ですけどね、と吐き捨てるように言った。

「黒元君、飯田さんは行くところがないものね。ママに追い出されたらホームレスでしょう。昔の栄光等と言ったってどこも雇ってくれないし、年末や正月は辛いんじゃないの。昔の家族との団らんの光景が目に浮かぶと思うよ。だけど、飯田さんは死ぬまでママからは離れないね。きっとママにしがみついていくことだけが飯田さんの最後に残された意地だろう。
ママも自分の欲望だけのために飯田を利用したんだから、一生しがみつかれるのはバチがあたったようなものだね。ママの本格的な苦労はこれからだね。近所の人やお客も、高級なスーツを着て、黒塗りの車で送り迎えをされた飯田と着物姿で銀座の街を闊歩していた2人を想像出来ないだろう」

「金はあなたに回ってこない」

お金の性格はわかったと思う。だから運用する、使用する側の人間がお金に対してしっかりとした考えを持たなければならない。

経済の動きの中でよくこういう人がいる。

不況が続き、金融機関が貸し渋り、貸しはがしをし始めると、

「銀行は金を貸して利益を上げて商売をしているのだから、必ずまた貸すようになる」

「今は不景気だけど、そのうち景気はよくなるさ」

聞いていると経済の予測をしていて、そのうえ希望的観測も入っていて、何となく前向きに聞こえる。

だが、すべては、その人が日頃どのような努力をしているか、世の中に毎日起きているお金に関する事件や、出来事を注意深く観察をしているかがカギとなるのだ。

お金を甘く見ている人間に私はこう答える。

「銀行が融資を緩和して金を貸すようになっても、あなたには貸さない」

「不景気が終わって景気が良くなってきても、あなたのところには好景気は来ない」

ついでに付け加える。

「銀座通りを素敵な美人が大勢歩いていても、あなたとはデートをしない」

「金は天下の回りものと言うが、あなたには回って来ない」

自分は一生懸命に生きようという熱い心を持たないで、世間の状況次第で自分にも金が回ってくると思っている人は意外と多い。

金の世界では、何もしないで回って来る運も金もない。

日々の生活の中で何がたいせつか、信用できるか。自分は信用されているか、と考え努力している者に金は集まるのだ。

もうひとつ例を上げると、私の周囲でビジネスが成功しているか、または成功しているように見える時、こういう人は結構いる。

「僕もやっと大手銀行と付き合えるようになったよ」

嬉しそうに会社のパンフレットを見せてくれる人がいる。

例えば経営者Aとしよう。Aの会社案内には、取引銀行として大手が三行、信用金庫、信用組合といくつかの名前が並んでいる。

数年してAの会社も経営状態が悪化して資金繰りが苦しくなって、倒産するような事態ではないが、取引銀行の協力が不可欠だ。

相談に来たAに私は忠告した。

「金は臆病だから注意した方がいいよ」

「それはどういうこと」

「あなたの取引金融機関は六行あるでしょう。あなたの会社の経営状態が上向きの時は六行が全て融資をさせてくれ、と言ってきたと思うけど、今回のような状態になると全部逃げても不思議じゃないということだ」

「そんなことはないと思うよ。今までいい関係を続けているし、C銀行とT信用金庫は支店長ともゴルフや旅行で家族ぐるみのいい付き合いをしているし、他の四行がそっぽを向いても、あの二つだけは大丈夫だと思うよ」

Aは疑り深いな、という目をして私を見て言った。

半年後、Aの会社は倒産した。

やはり、不安を感じた金融機関は新規の融資どころか、いままでの貸付を返済してくれと迫ったのだ。

よく耳にする貸し渋り、貸しはがしだ。

Aは慌てて、親しく付き合っていたC銀行の支店長に相談をした。

支店長は、

「なんだ、そんなに苦しい状態だったのか。もっと早く相談に来ればよかったのに」

と口では同情しながら、

「私もサラリーマンの身だからね。本部の意向には逆らえないよ」

言い訳をしながら管理の担当者を呼んで、他行と同じ回収を中心とする行動に出た。結局、付き合っていた6つの金融機関のすべてが逃げ出し始めたので、

「何だあの野郎は、俺が散々クラブで接待し、ゴルフ場でペコペコしながら付き合ってやったのに」

Aは怒りを露わにして文句を言うが、後の祭りだ。

結局、Aが金の性格を知らなさ過ぎただけで、金融機関の連中を悪者扱いは出来ない。

もちろん、金融機関の融資の在り方に問題がないとは言えない。いや、大いに問題ありだ。

人間を見ない、というより、人間を見る目を育てていない。

「ノーと言える勇気」

高度経済成長の後半、土地や株式の値上がりが続いた。

そして、バブルへ突入。こういう時代、金融機関とそこの社員達は担保主義という人を見ないで、資産だけで判断して融資する習慣が身についてしまった。

人を見る目を持たない、育てないということは、融資を受けるお客の心を知るどころか、預金をしてくれる大切なお客様のことさえも、感謝やお礼の気持ちを持たなくなってしまったということだ。

そういう相手から金を借りているのだ。家族ぐるみだとか、高級車で送り迎えをしてゴルフの接待をし、ネオン街で肩を組んでデュエットをしたって、そんなことは何の足しにもならない。

担当者が代わって有能な金融マンでも現れたら、むしろそういう癒着のような腐れ縁は嫌がられる。

だから、日頃から接待などでなく、自分の会社の決算内容を健全にする努力をしていなければならない。

無理な投資を控えるとか、ゴルフ会員権・リゾート会員権やマンション等の投資物件を付き合いの銀行の窓口担当者から、その銀行の融資付きで勧められても、私は現在そのようなものは考えていませんのでと、やんわりだが、毅然と「ノー」が言える勇気をも持っていなければならない。

金融機関の思う通りに動く甘い人間じゃないと分かっても、決して嫌われたりしない。
一時の快楽的付き合いを好む担当者よりも、真の金融マンならば融資をして金利を貰い、取引の成績としていい数字を上げられる、長い付き合いの出来る企業や人を銀行だけでなく、メーカーをはじめ他の職種であっても望んでいることなのだ。

それは個人の評価も同じだ。間違いのない人物、約束を守る、不必要な借金(見栄や思い付きの消費や浪費)はしない。

金額は少ないが、常に口座に余裕を持たせている。少しずつだが、毎月積み立てをしている等ということは、必ず将来、自分の夢を実現しようという時に役に立つ。

「儲ける」という字は、信用する者と書くのだから。

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