第12話「多重債務者ファイルNo,1」

多重債務者は返済することのできない金をなぜ借りてしまうのか。 一般の人はそう思うだろう。私もそう思う。

債務者の借金の理由はいろいろあるだろう。

生活苦・子供の教育費など、最初予定していたより授業料のかかる学校への入学や、地方の町から都会の大学へ入学のための部屋代を含めた生活費など。

思わぬ病気・ケガをしたための費用、中には飲食代やブランド品の購入・海外旅行などにキャッシングをしたり、カードを利用するとんでもない奴もいる。
そして借金は一度利用するとクセになる。

例をあげると、借金をした債務者は自分の収入の中からどのくらい返済に充てられるかは知っている。自分のことだから当たり前だ。

そして、利息だけを払っていたのでは一生かかっても借り入れ元金は減らない、ということももちろん知っている。

去年あたりで一般サラリーマンの小遣いが月万3~4万円くらいだ。

その中から昼食代、タバコを吸う場合はタバコ代を差し引くとすると、友人やガールフレンドに偶然出会っても、気の利いた場所でディナーというわけにはいかない。

しかし、刺激のない日常の中で、たまには羽目を外したいとか、そんなに贅沢なことじゃなくても、仲間と居酒屋で一杯とか、カラオケで憂さを晴らすとか、仮に割り勘だとしても小遣いが足りなくなる。

その不足を補おうとしてサラ金を使うと、4万の小遣いの人が借りて返済可能なのは10万までだろう。

10万で月2,000円の利息として、月10,000円ずつ払って元金は8,000円払うわけだから、毎月元金の減った分だけ利息が少なくなるといっても、10万借りると返済に約1年近くかかることになる。

借りた10万円は数日で使ってしまっているはずだ。早い人はその日の内に右から左へ消えているかもしれない。

それを使ったあと12か月間支払いを続ける。しかも、4万のうち1万を支払いに回すから次の月の小遣いは3万になる。

4万で足りなかったのに、3万では不足は当たり前だ。翌月に10万借りる。

もう借りてはいけないのに、先月初めて借りた10万を財布に入れて歩いた時の気の大きさと、スナックやバーに行ったときの自分のおおらかさ、気風のよさ、あの気分は忘れられない。その金でケーキでも買って帰った時の家族のうれしそうな顔。

いずれにしても、10万を自分が自由に使えた快感は忘れられないからまた借りる。これで借金は20万円になった。

月の利息は4,000円になる。2社で1万ずつ返済として小遣いは2万円になってしまう。

もう足りないのは当たり前だ。だから同時に2社以上借りた人は、身内か勤務している会社が借入金を全て清算してくれなければ、ほとんど多重債務者になっていくだろう。

これはあくまでも月の金利を2%とした場合だ。実際は長い期間月9%~6%だったから、もっと早く破綻するわけだ。

10万円でも2%の利息を払い続けながら元金を完済するのはこんなに大変なのだが、とんでもない額の借金をした多重債務者の話をする。

私が50年近く金融業界にいて(会社経営者は除く)サラリーマン・OL・主婦の多重債務者の債権額を思い出す時、2番目に多額だったのはN銀行の課長だ。月利9%の時代だが、課長の借入金は約1億円あった。

初任給が6~7万の時代だ。住宅ローン等は含まず、あくまでもサラ金会社と信販会社等のキャッシングのみである。

天下のN銀行の課長だ。どこに行っても一発で融資はしてくれる。

借入の調査のデータバンクはまだ未熟な状態で群小のサラ金会社は加入を見合わせていた。

本人は善人そのものの風体で今でも小太りの真面目そうな表情は思い出せる。
月に金利だけで800万円にもなったのだ。

本人の毎日は夢遊病者のような状態だっただろう。多重債務者が麻雀屋のロンという看板を見てお金を貸してください、と入ってきたと麻雀屋の主人が言っていたという笑えぬ話もある。

あの当時、会社で上司が社員の働く後ろ姿を見ていて、電話のベルが鳴ったらピクッと肩が動く人は借金地獄にいるという話があったほどだ。

結局、当時は珍しかった自己破産という方法で終わったのだ。

もちろん、N銀行は退職した。現在なら自己破産をしたからといって勤め先まで辞める人は少ないが、あの頃は自己破産をした者は人間ではないというほどみっともないことだったのだ。

一流大学を出てN銀行へ就職して課長になった。家族は鼻高々だったろう。だが、あれから30年余り彼の家族はどんな生活を送っているのだろうか。

そして、それより借金額の大きいNo1が、これも天下の大広告会社D通の部長だ
彼の名前は松本としておこう。

松本は知人の紹介で自己破産を含めた解決の方法を相談するために私のところにやって来た。

D通は築地にあり、銀座店が近いので私専用の4階の部屋で面会をした。背が高く、若い人には分からないだろうが一世を風靡した二枚目俳優の池部良に似た育ちの良さを身につけた50歳前後の紳士だった。

松本には当社は融資をしていなかったので、松本も相談しやすかったのだろう。話の内容はサラ金、信販、銀行などからの無担保の借入金に、友人・知人・妻の実家からの借り入れを入れて総額2億円余り、というものだ。松本の取引先担当はテレビでお馴染みの有名洋酒メーカーでD通の部長の中でも花形である。

同僚の友人5人から1人800万円~2,000万円という借り入れがあり、これだけで6,000万ほどの借り入れだ。

この頃のD通の社員は良家の子息が多かったので、松本の甘いマスクと口のうまさにいずれも退職金を担保という口約束で貸したようだ。だが、松本は退職金はとっくに前借りてしまっていた。

借金で利息がつくだけのものでも月に利息が500万以上になっていたから雪だるま式に増えていく借金にさすがにもう借入先も、精神も付いていかなかったのだろう。

自己破産と決断して、私の前で2時間かけて借入先のリストを作った。5日後には何社かの借入先への利息の支払い日が来る。もう時間はない。

今日夕方までに方針を決めることにした。

弁護士に手間をかけないために弁護士のところに出すためのリストは借入先・最初の借入日・支払日・支払い金利・残元金など事細かに記入し、弁護士は30年来の信頼できる銀座の木村弁護士とした。

すべてが出来上がった時、松本が遠慮がちに、そのくせ当たり前のような口調で

「室井さん、お願いがあるんですけど。そのリストの中のバー『トーク』のツケだけ払わせてくれませんか」

やっぱりな。ええかっこしいの依頼者は、必ずこういう場面でこのような注文をする。

「第8話」の高田も横浜のB社の社長に脅かされて私の所に駆け込んできて、自己破産をさせてくれとバタバタしていたにもかかわらず、借入金のリストを作った時、やはり銀座のあるクラブのツケは払わせてくれと言って私にきつく注意された。

借金まみれの男はなぜ法外な値段をとって稼いでいたようなママのところに義理を果たそうとするのか。私は答えた。

「松本さん、こういう注文はあなただけじゃない。よく頼まれるけど、それは出来ないよ。

高金利を取っていた金融関係はビジネスのリスクとして回収できなくてもやむを得ないところがあるけど、友人・知人・奥さんの実家等は好意と同情で貸してくれたんでしょう。

今回その人たちからの借金はすべて返済できないわけだ。それでも明日からの女房子供の生活費のために、どうしてもというのなら時には違法だけど少し位捻出することに協力するかもしれないけど、なんでそのママのところだけ払うの。

バーやクラブだって儲かっているところばかりとは限らないから助けたい気持ちはわかるけど、少なくとも今まで利益を上げてきているんだから、松本さんの10年以上の飲食代は相当ママの懐を潤したんじゃないの。その要求はきけないよ」

「だけど、私が辛かった時や、金のない時も親身になってくれたんです。何とか…」

「松本さん、ママと男女の関係かもしれないし、または友人のような気の合った相手だったかもしれないけど、ママもプロの商売人だよ。

こういうことがあるのも承知しているよ。松本さんが感謝したり、詫びたりする相手は別にいるんじゃないの…」

松本は近くの木村弁護士の事務所に行くためにドアを出て行く。

もちろん私もその後に続いた。

D通を退職して2か月後、私の元へ松本の紹介者から電話が入った。

「室井さん、松本の奥さんが急死して葬儀に行ってきたんだ。息子は頭に来て家を出たし、松本は東北の小さな広告会社に就職出来て娘は一緒に引っ越すようだよ。

俺は奥さんをよく知っていたけど、明るくて元気な人だったんだ。医者の娘でね。葬儀会場の雰囲気から想像すると、奥さんは自殺だね」

奥さんの命日は自己破産が裁判所に受理されたその日だった。

第11話より続く「親の責任」

子育てとは子供が成人して家を出るまでをさす。もちろん、各家庭ではそのまま同居という形もあると思うが。

しかし、親が子に対して身をもって教えたり出来る最も大切な時期は3歳位までだ。

「家」という環境で主に暮らし、

親や・祖父母・兄弟姉妹が中心の時期は情報に包囲されていない。子供は家族だけを見ていると言っていい。そんな時にお金のことを躾けていく。

「お金の有り難みを教えて、この子をどうにかしよう」というのではない。親が、態度や行動で模範を示すことだ。

そうはいっても、親だって人間として欠点も弱点もある。親だって完璧に示せるわけはない。それでいい。時には子供に笑われながら一緒に子供と成長することだ。

お金の話というのは、資本主義社会にいる以上いつでも関係している。良いことに使われる金もあれば、欲だけで人を傷つけるような金だってある。

その基本を教えることなく、小学生に株投資の講座を開いているマネープランナーがいる。

とんでもないことだ。それはお金のことを教えているのではない。欲望を教え、火をつけていることだ。マネーを教えるものは、当人が最初に正しい道徳と倫理観を身につけるべきだ。

お金は何も言わない。黙って人間の浮き沈みに付き合っている。そのお金のことを子供に示す。教えるというのには、教える側が基本的に倫理観を身につけることが要求される。

お金の話というのは道徳になる。

私の子供時代は、「大人は子供の前で金の話はしない」とか、子供が「金だ、金だなどと狡いことを覚えられても困る。もっと子供のうちにやることがある」等と言って、自分の家の貧しさを隠そうとした親も多い。

貧乏は得意になって言うことではないけれど、分かってしまってもいいんだ。私も少年時代、自分の家が経済的に苦しいというのは分かっていた。もちろん、誰だって貧乏はいやだ。

金持ちの家に生まれたかったという口惜しさはあるかも知れないが、親が一生懸命生きていれば、それを見ている子供は必ず親に楽をさせてやるぞ、という目的意識も芽生えるし、いい意味でのハングリー精神が育つだろう。

親が卑屈になって食事中に話もしなかったり、手枕で野球中継やおふざけ番組ばかり見ていたら、子供が3歳までに持つべき支柱は育たないし、見つからない。この年齢までに子供に芽生える心、「愛」

「勇気」「感謝」「気遣い」はやはり、親の責任だと言える。

現代は情報社会だ。殆ど必要ではない情報が頼みもしないのに、テレビ・インターネット・携帯電話・スマホ・ダイレクトメール、と垂れ流しのように押し寄せる。

小学1年生位からこうした情報から逃れることは出来ない。

子供にとって必要ではない、むしろ邪魔になる情報ばかりだ。親はそれらを選ばせることも止めることも出来ない。

だから、3歳位までの子供を親が全てを管理出来て、且つ子供といる貴重な日々は砂漠のオアシスの水と同じで一滴も無駄に出来ないのだ。

夜泣きやおむつの取り替え、3度の食事と、母親も疲れのピークが続くかも知れない。

しかし、10年も過ぎて考えると、あのふっくらとした頼りない手でしがみついてきた子供との日々は、最高に幸せだったはずだ。勿論、次の子供が生まれてもやることは同じだ。

躾と親子の問題

大人の男と女が知り合い、恋愛をして結婚するか一緒に住んでみると上手くいかないということはいくらでもある。

幸せも不幸せも本人達の責任だ。だが、子供は別だ。生まれてきた子供には何の罪もない。

赤ん坊が生まれ抱きしめた時可愛かったはずだ。あんなに頼りなげな小さな手で、パパやママにしがみついてくる子供は天使だ。

子供が生まれた時の心境をこう表現した人もいる。

「我が子よ、お前を抱きしめて私が生んだとつぶやく時、 世界中の果物たちが実り、世界中の豆が弾ける!」

それなのに妻と上手くいかないからと別れる時、子供に対する愛情も責任も放棄する父親達、母子家庭の問題を考える時、本来子供の養育を率先して見るべき父親達に厳しい目を向けなければ子供たちが浮かばれない。

女房・子供と別れてひとりになって養育費も送らない男で、歌舞伎町あたりをホステスを連れてうろうろ歩いている奴に会うことがあるのだから、子供を抱えて健気に強く生きている母親に私はぜひ、こう言いたい。

「子供が1人とは限らない2人以上の家族もあるのだ。

母親はパートの仕事から始まり家事の労働、子供の保育園の送り迎え等、全く時間の余裕がない生活なのは百も承知している。

だが、ミルクを飲ませる時、食事をする時、短い時間でもいい、テレビは消して静かな音楽でも流して子供の目を見て話しかけて欲しい。

寝ている子供にも「お休みなさい」「行ってきます」と声を掛けて、何としても会話のたくさんある家庭にして欲しい。愛のある会話は命だ。

父親がいないということで、子供は辛い思いを噛みしめていると思う。だが、世間にはテレビばかり見て子供と会話をしない父親は山ほどいる。

日曜日に公園に行こうと言われるのが嫌だから一日中パジャマを脱がないという父親を知っている。

むしろ、母親だけの方がいい関係を作っている家庭もたくさんある。だから会話をして欲しい。

教育的等と固いことではない。小学校に入るまでは一緒に歌うことでも、おとぎ話をすることでもいい。

そしてたわいない子供の話を親身になって聞いて欲しい。そして明るく元気な親子で過ごして欲しい。

その子が成長し、中学生、高校生になり、思春期や反抗期でもある時、大切に育てて身についたはずの、他人に迷惑をかけない、やさしさ、いたわり、責任感といった面が影を潜めてしまったと感じる事もあるかも知れない。

自分の育て方はどこか間違っていたのでは、と思い悩むことも多いはずだ。でも、あきらめてはいけない。

胎内にいる時から3歳までに身に付いた魂は、声変わりをして憎まれ口を言うようになった我が子の心の奥でひっそりと守られているのだ。

どんな時でも親が愛と勇気と誇りを持って接していれば、ちょっとしたきっかけで、自分と子供が静かに語り合っている場面に出会うことになるはずだ。

その時子供は戻るべき自分の場所に戻ったのだ。

それは、「三つ子の魂百まで」という、3歳までに親から与えられた愛と厳しさの、最も基本的な心の故郷の筈だ。

こういう言葉がある。

「躾にお金はかかりません。お金をかけない方がいい躾ができます」

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