第14話「多重債務者の家族ファイルNo,1」

多重債務者本人は、借入の理由は何であれ、例えば家族のために借金をしたとしても、返済ができなくなって自己破産をしたり、行方をくらましたりしてもそれは自業自得だが、その家族は被害者だ。

もちろん、夫や妻が借金をしてきた金で贅沢をしたり浪費をする者は大勢いる。借金を承知して、または認識していた家族は同罪といっていいので、このような家族には道義的責任があるから単純な被害者ではない。

だが、被害者と思える家族でも、夫や妻の生活行動が変化した時、家族は気がつかないのだろうか。

なぜそんなお金を持っているのか、そんな高価なものをなぜ買ったのか。毎晩のように酒臭い息を吐いて帰ってきても、どうしてなのかという疑問がわかなかったのだろうか。

新しいブランドバッグや時計を買ったのを見ても、なぜそんな物を買えるのだと疑問を持たなかったのか。

私はそのような日常に質問をしたり、会話をしない家族を不思議だと思うし、顔を見て会話をすることより、情報や記録等を見ることによって、相手を知ったような気になっている現在の社会の未来を危惧する。

やはり顔を見て話をし、言葉だけでなく表情・動作を注意深く見て判断すれば、早いうちに手を打つことで多重債務者の家族は少なくなる筈だ。

だが、中には結婚する前から借金があっても、それを説明することもなく甘い話だけをして家族になってしまう人だっている。

私の知人でシニア層だが、若い頃の恋人と何十年ぶりかで再会し、一人は寂しいからといって結婚した女性もいる。

彼女自身、何の財産もなく、賃貸アパート住まいで、パートで働いて生活をしていた。

そこへ70歳近い、金なし・家無し・職なし・年金なしの男が転がり込んできた。計算高く、財産のある男を掴めといっているのではないが、だれが見ても先は破滅することはわかる。

本人は若い頃から自営で頑張ってきたのだが、なぜそういう人を選んだのか。その上やきもち焼きの上に近頃になってサラ金の借金を抱えていることを告げられた。

すでに苦労は始まっているようだ。大人がやることだ。

私はとやかくは言えないが、一緒に生活をしていくには少なく見積もっても多少の蓄えのある少額でも年金のもらえる、そして働くという意欲を持っている人を見つけるべきだろう。

話しは変わるが、私の高田馬場支店は駅前のビルの7階で立地は最高だった。
坪数が広いので、ひと部屋をサラ金に奥の部屋は手形割引・不動産担保の融資をやっていた。

この地域は学生が多いので、当時流行っていた学生ローンにも力を入れていた。

ある日、受付の女性が

「社長に会いたいという女性がいらしていますが」

私の部屋でその女性と会った。

初めての方だが年齢は50歳前後、地方の農家の主婦といった素朴で人の好さそうな小柄だがガッチリとした体格の女性だった。

話の内容は息子のことで、当社から実家に出された督促状で当社を知り訪ねて来たと言う。

訥々と説明する母親を見ていると、自分が大学入学のために上京した時を思い出した。

私の両親も父が職業軍人で、私が4歳の頃捕虜から解放されて帰国した。公職追放ということで、父は就職が制限されて経済的には大変な思いで私への仕送りをしていた筈だ。

しかし、送られてくるお金ではとても生活は出来ないので、私はアルバイトの連続だったが、それが若くして独立という道に繋がったのだから、何が幸いするかはその人間の考え方次第だろう。

その母親が少し訛りながらの内容は

「息子はやっと東大に入学でき、親戚や近所の人にも祝福されて上京したのに、2か月ほど前から連絡が取れず、夫は仕事の都合で来られないので私一人が上京し、慣れない場所ですが、先ほど息子のアパートに寄ってきました。

合鍵を預かっていましたので部屋に入りましたが、布団が敷かれたままで散らかり放題で、督促状が郵便受けに山ほど入っていました。

ドアにも恥ずかしくなるような言葉で紙が何枚も貼られていました。あと1年で卒業して就職です。

社長さんは息子の居所が分かりませんでしょうか。居所を教えていただければ、オタクの借金は必ず責任を持ってお支払いさせて頂きます」

目にはうっすらと涙が浮かび、ハンカチを持った無骨な指は少し震えていた。30分ほど話して母親は帰って行った。

もう一度息子のアパートを訪ねるのか、何日か部屋で待つのか、都会に不慣れで知人もいない母親はどんな時間を過ごすのか。

私は社員に学生客のリストを全て持ってこさせた。他の支店のも用意させた。他の支店には学生はほとんどいなかった。

高田馬場店には100名前後いた。

早稲田・慶応など六大学が勢ぞろいだ。早速当社はスポーツ新聞等の広告の中の「学生さん歓迎」を削除して、現在いるお客も返済が終了したら、学生への再貸付は禁止するということで学生ローンは辞めた。

しかし、当社が貸さなければ学生客は他のサラ金会社に行くだけなのだ。

当社が学生への貸し出しを止めても、あの母親のような被害者を出さないことには繋がらないが、私はやはり学生への貸付はやめるべきだという結論に決めた。

その後3年ほどで世間の批判もあり、サラ金業者は学生ローンは自粛ということが決まったが、その後も貸し続けている業者は大手も含めてかなりあった。

一生懸命勉強をして一流大学に入る。

親は裕福な家ばかりではない。むしろ自分たちより良い生活ができるようにと、父親はもちろんのこと母親もパートを何か所もこなして、生活費・授業料を送っている家庭の方が多いかもしれない。

それがほんの少しの油断と甘さでローンを借りる。一瞬の楽をするために学生時代から身を亡ぼすことになる。

教育とは何なのか。

もっと早い機会にお金と自分との関わり合い、使い方を間違うと大変なことになるという怖さを経済学等という大きな括りではなく、身近なポケットマネーの世界から教えるべきだし、学ばせるべきだ。

現在のようにスマホで支払いが出来、ネットで買い物が出来るアマゾンのような企業で記録的な伸びを示していることは、便利ということと人間の欲望は尽きることがないということの証明だろう。

しかし、その背景には必ず現金が動いているということだ。どんなに便利になっても、自分の収入がひとりでには増えない。それどころか一般的には収入が横ばいか減る人だっている。

便利と簡単ということはお金の世界では悪魔の囁きかも知れない。

多重債務者の家族の話を2つ紹介する。

① 郊外の一軒家に住んでいた3人家族。妻の恵子が多重債務者になった。

当社も督促をしていたが埒が明かず夜の10時過ぎに近くの母親の家を一緒に訪ねた。

老婆が一人この時間にネギを刻んでいた。

「昨日も電話で話したけど」

恵子が震える声で事情を説明する。

ドアの外で社員の熊田は二人の様子を見ていた。娘が裏から入ったのは表から入れない事情があるのだろう。

母親以外の家族がいる気配はないので、近所の手前だろうか。昨夜の電話である程度は知っていたのだろう。

10分程で老婆は台所から手をタオルで拭きながら歩いてきた。よちよちと危なっかしい足の運びだ。

私達にご苦労様です、というように無言で深く頭を下げると、エプロンのポケットから用意していたらしいお金を出した。

二つ折りにした一万円札が5枚あった。一万円札は新札で、老婆の皺だらけの手と不釣り合いだった。

熊田は受け取ると丁寧にお礼を言って、領収書を切って渡した。老婆は黙ってそれを受け取って、丁寧に頭を下げるとドアを閉めようとした。

「ちょっと待ってください。おつりが500円ありますから」

熊田が言うと、老婆はその時になって初めて口を開いた。

「すいませんでした。借りたお金を返すのは当然です。おつりはジュースでも飲んでください。本当に遠方までご苦労様でした」

もう一度深々と頭を下げた。腫れぼったい目をして恵子はそのやりとりを見ていた。

「おかあちゃん、ごめんね」ワッと顔を覆って泣いた。

私達は恵子を置いて車に戻った。

「彼女、今夜はここに泊まった方がいいよ」

私は熊田に言って、車をスタートさせた。

私は思う。あの母親は娘の取り立てに会ったのは今夜が初めてのようだったが、これから何回、何十回、こういう場面に出会うことになるのか。

エプロンのポケットから出した5枚の新しい一万円札はちょっとネギの臭いがした。

次はゴルフ会員権販売の課長の前田が債務者で行方不明になって10日余り、前田の自宅を訪れたが女房はヒステリーを起こし、

「私の所よりあの女の方に行きなさいよ。あの女はうちの馬鹿亭主から金を散々搾り取ったんだから」

興奮した女房が教えてくれた家に向かった。女は小川静江といって40歳位で、和服の似合う女性だった。

生け花や日本舞踊を教えて生計を立てていた。保証人ではないが、明日新宿店に来るという約束をした。

「お時間を取っていただいてありがとうございます」

丁寧にあいさつする静江を、私は会議用のテーブル席に案内した。静江は失礼します、と上品な物腰で椅子に座ると、真っすぐ私を見つめている。

女性社員がお茶を出したが、社員に軽く会釈をしただけで、お茶には手を付けずに私の言葉を待っている。

「本日はご足労いただきましてありがとうございます。

小川様に法的な責任がないことは電話で説明した通りなのですが、前田さんとは大変ご懇意だとお聞きしましたので、ご連絡させて頂きました。彼の連絡先をご存じではないでしょうか」

私は静江の目を見て丁寧に尋ねた。静江は表情を変えずに少し間をおいてから静かに答えた。

「時々電話は入りますが、しばらく会ってはいません。何日か前の電話ではもう少し待ってくれ、何とか解決をするので、と申しておりました」

私の隣に座っていた熊田が少し声を荒げて言った。

「おかしいでしょう、会っていないというのは。あんたの家にいるんじゃないの、連絡とってくださいよ」

「いいえ、本当におりません。私も何かあってはと心配なので心当たりを探しています」

「何言ってんだよ、小川さんは保証人じゃないと言ったってあの男の金で生活していたんだろう。

それだったら、ウチの貸した金で生活していたのと同じだろう。法的責任はないと言っても、あんたにも道義的責任はあるはずだ」

熊田が詰め寄らんばかりに言った。恐らく熊田は静江のことを私が判断したようには見ていなかったのだろう。

むしろ気が強くて、てこずると判断したのかも知れない。いつものように少し強く出て、自分たちのペースに持ち込もうと急いだのだ。

静江は慌てることなく答えた。

「いえ、時々お小遣いのようなお金を頂いたことはありますが、私は基本的には自分で生活費を稼いでおります。

今の家は亡くなった父が残してくれたものですので、家賃はかかりません。家で生け花や日本舞踊を教えております。

贅沢な生活は出来ませんが、女一人生きていくのに不自由はしておりません」

毅然たる態度で、熊田を見つめて言った。熊田は言葉に詰まった。私が口を挟んだ。

「分かりました。先ほどから見ていますと、あなたのいう通りなのでしょう。久しぶりで凛とした女性に会いました。

感心しています。

しかし、私もビジネスですからお聞きします。法的に小川さんに請求することは出来ないのですが、今後、彼のことであなたに連絡を取らない方がいいのか、それとも、何か彼のためにしてくれる気持ちはあるのか、どうお考えですか」

静江はバッグをギュッと抱え直しながら、意を決したように言った。

「金額は電話でお聞きしました。そのくらいの金額ならば私でも支払うことができます。ただし、一度に全部というわけにはいきませんので、3回ほどに分けて頂けませんか」

静江はすんだ目で私を見つめて言った。

「分かりました。それで結構です。それでは、今月末から3か月間で、というのでよろしいでしょうか。

ただ、保証人でもない小川様が返済してくださるので、本日以降この3回分に関しては利息はつけないということにいたします。

それがせめてもの当社の小川様への感謝の気持ちです。返済の方は必ず期日を守って下さい。よろしくお願いします」

私も静かに言い、

「失礼ですが、決まりなものですから」と追認の保証書を出した。

「ありがとうございます。では、ここにサインをすればよろしいのですね」

静江は細い指できれいな字で署名してから、私の方を向いた。

「私を甘い女だと思わないでください。何社かの金融会社の人たちも電話をしてきました。

大声で喚き、ただじゃ済まないぞ、家でも燃えたらどうする、などと脅してきた人もいます。

でも、私は全てお断りしました。

室井さんだけが、法的に何の責任もないので請求は出来ないのですが、と分かりやすく親切に私の立場を説明して下さいました。

私も久しぶりで大人の人間同士としてお会いしてみたくなったのです」

話が決着してほっとしたのか、初めて表情が和らいでいた。熊田が感心したように口を挟んだ。

「あんたのようないい女性が、何でよりにもよって前田のようなだらしない男と付き合っているのかわからないな」

熊田がしまったと思うほど、静江はキッとした表情を見せて言った。

「失礼ですが、私の前であの人の悪口を言わないで下さい。お願い致します」

熊田はきまり悪そうに黙ってしまった。

悪気があって言ったのではなく、むしろ静江を見直したという熊田なりの静江に対しての誉め言葉であったのだが、熊田にとってもこういうセリフを率直に言う女性に会ったのは初めてだったのだろう。

もちろん、静江の方もその熊田の心は分かっていたはずだ。静江は熊田に申し訳なく思ったのか、微笑みをたたえながら私達を見つめて言った。

「でも、今日私はお金を払うお約束をさせて頂いたのですが、少しも損をしたような気がいたしません。

むしろ、何かとても爽やかな気持ちです。小さなことですが、あの人の役に立つことが出来たこと。

それと、室井さんから男性としての在り方、ビジネスの厳しさを見せて頂いたこと。きっとこの二つのお陰です。今日は今後の人生のために貴重な勉強をしました」

そう言って静江は笑顔を見せた。静江が挨拶をしてドアを出て行った。

「社長、前田もあれだけしっかりしたいい女が惚れているんだから、案外いいところがあるのかもしれませんね」

熊田が羨ましそうにいい、私を見た。私は軽く笑いながら言った。

「人には自分を理解してくれる相手にのみ見せることのできる大切な心の部分ってあるからな。

前田の本来持っている良さが、静江さんの前だと率直に出せるんだろう。いずれにしても、今時珍しい女性だね。

何かいい時間をもらったきがするなあ。ああいう女性には幸せになってほしいね」

お金と生活「名もなく貧しく美しく」

これは1961年に木下恵介監督が作った映画のタイトルだ。

主演は高峰秀子と小林桂樹である。もちろん、美しくは心の在り方だ。

貧しいが美しいに続くということは、戦後の成金的金持ちには美しいという表現はあたらなかったということだ。

アメリカの金持ちNo,1のロックフェラー創業者を、やはり大金持ちフォードの創業者が見舞った時の話がある。ロックフェラーが言った。

「さらば友よ。天国で会おう」

フォードが答えた。

「あなたが天国に行けるならね」

大金を稼いできた連中には大勢の人を踏みつけたり、犠牲にしてきたという認識があるのだろう。だから、私の父の時代は金の話は子供の前ではしない方がいい。子供が金に目ざとくなっては、本来の子供らしさを失うと考えていたようだ。

この考えは、あの時代からしばらく日本全国の親の共通した考えのようだ。
だが、私は親が聞かせないようにしていたお金の話を敏感に感じ取っていたし、自分は単純にお金があったらいいな、と憧れのような気持ちを持っていた。

だから、お小遣い稼ぎになることならと色々とやっていた。

床下に潜って鉄くずを集め、山の中に小鳥を求めて走り回っていたあの子供時代には、そういう夢と興味と、欲しい物を手に入れるためのパワーがあった。

だが、その夢とパワーを長い間持ち続けることは難しい。たいていは物心がつくと、皆で渡れば怖くないという考えに近づき、その群れの中に入って安心してしまうものだ。

画家であり、彫刻家である岡本太郎は「子供は天才だ」と言っていた。

私も3歳位までの子供がのびのびと遊びまわっているのを見ると、天才だと思うし、油断の出来ない天使だとも思う。

それが、周りの人の目を意識し、正しいとばかり言えない恥ずかしさを知り、自分の境遇や、容貌、体型等を意識するにつれて、普通サイズの人間になっていくのは残念なことだ。

「名もなく貧しく美しく」に戻ろう。

一般的に人は選択肢を2つに分けたがる。美人だが冷たい女性と、器量は良くないが、心がやさしい女性のどちらが好きか。

私は美人で優しい人が好きだ。不器量で心も冷たくいじわるな女性だっているのだ。お金の世界もそうだ。

貧乏人の中にも性格の悪い人も、いじわるもいる。金持ちの中にも人格者はいる。だから、判断は難しい。

俺は人が好いから貧乏をしている、などと馬鹿な理屈を言う人もいる。

とんでもない。人が好ければ貧乏をして周囲の人間から借りた金も返せず迷惑をかけたり、女房や子供を泣かせるか、自分の無能と怠け癖を「人が好いから」等という言葉で表現するのは卑怯なことだ。

金持ちは金持ちで金を儲けたことで、自分が人間的にも成功者だと思っている人も多い。中には人格者のつもりで、国政に参加する人間さえいる。

金儲けはあくまで能力の一部だ。

人間として人格者であるということのためには、人生はもっと複雑で奥深いものだということや、金で買えないものがあることや、金で動かされない人たちがいることも知らなければならない。

金を稼ぐために、自分がスピードを上げて金の流れの中を突っ走ってきたということは、時にケガをさせたり、ひき殺したりした人のことを忘れてはならない。

上手に避けてくれて、恩着せがましいことを言わない有能な人や、目立たないが飛沫を浴びても、じっと我慢をしてくれた人達のことを忘れてはならない。

そして、そのお陰で今の自分があるのだと知っているということが最低の条件だ。

「砂漠で井戸を掘った人のことを忘れず」だ。

「名もなく貧しく美しく」の貧しくは、自分たちの消費のためにカードを使い、見栄と欲望のために消費者金融に借金をするほど貧しくては話にならない。

決して裕福ではないが、他人に迷惑をかけることなく、自分の稼いだ収入で慎ましく生活をしている人で、その上高い精神性を持っている庶民のことだ。

人間が豊かに美しく生きるというためには、個人の消費のために利息のつく金を使ってはならない。

子供の教育費や、実家の親に金がかかるということは、多くの人に必ず起こりうることだ。その日が来ることを予測して日々の生活を心して送らなければならない。

「チリも積もれば山になる」の気持ちで蓄えた金を使うべきだ。

万一不足して銀行の個人ローンを使う場合でも、必要最低限を最短期間の返済計画で利用するべきだ。

消費者金融などはとんでもないが、背に腹は代えられぬ、という場合は、一度に一社だけ利用する。

返済が終わって担当者から貸付枠を増やします、とか是非また使ってください等と甘い言葉で誘われても、ノーと言えなければならない。

それが出来れば、生半可な友人や知人に金を借りて、一生恩着せがましいことを言われるよりずっといい。

だが、一度借りたら全額返済するまでは借りない。返済が済んだら本当に必要になるまで、電話やダイレクトメールの誘いが来ても乗らない精神を持っていなければならない。

友人や知人との金の貸し借りもできるだけ避ける。保証人にもならない、保証人を頼まない、が原則だ。

親子の場合、子供が部屋を借りる時の保証人になるのは仕方がないが、例えば、子供の住宅ローンの保証人になる場合でも、買う物件の評価と、将来の価格の変動、子供の返済能力の余裕度を十分に見定めなければならない。そして、勇気を持ってアドバイスをする。

時には今回はやめとけというつらい決断をしなければならないこともある。

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