第16話「業務報告書からみる人間模様」

金を貸す側の債権者の話を書いてみようと思う。

現在は数は大幅に減ったが、全国津々浦々まで銀行のグループに入った大手が中心だが、ATM方式で地方の町まで必ず消費者金融は活動している。

それでは全盛期の昭和40年代から平成5年位までの時代に貸す側にいたサラ金の社員たちはお金に対してどのように考えていたのだろうか。

サラ金経営者の友人・知人も多かったので、集まって食事会などで従業員の話題となるとどこも似たようなものだったから、私の会社のことで話しをしてみる。

この章の後半に業務状況報告を載せている。これで見ると債権者側の社員は「約束を守れ」

「借りた金は返すのが当たり前だ」

「それでも男か、恥ずかしくないのか」

等、場合によっては道徳教育までしている。

毎日そこまでのことを言って相手を責めたり説得しているのだから、債権者はよほどしっかりしていると思ったら大間違いである。

一般のサラリーマンやOLとほとんど変わらない。毎日の喧嘩のようなやり取りも、悲惨な債務者やその家族のことも自分の身において、自分の生活はしっかりしなければ、と思う社員たちは少なかった。

むしろ、20代の若者が大人たちに説教をし、脅かしたり嫌がらせをしているうちに債務者はお金に対して頭を下げ、軽蔑の言葉にも耐えているのだが、それをまるで自分の力や能力と勘違いをした社員は多かった。数多くの修羅場をどんなに経験しても、人格や性格は変わらないようである。

私がサラ金の部門をやめて暫くたって偶然出会った元社員や、訪ねてきてくれた元社員を見てそう思った。

お金を大切に厳しく見つめるというより、むしろお金の流れの中で強い立場の役割をやっていたことで、自分がお金を稼ぐ能力があると過信した者が多かった。

特に店長をしていた社員にその傾向が強く、当社を辞めて他に勤めたり、独立をした者でいい人生を送った者は極めて少なかったといっていい。あれだけ金を借りる怖さを実践していたのに、多重債務者になった者は何人もいた。

中には自己破産した者や、私にお金を借りに来た者もいた。

改めてお金とは何なのか、何年も債務者の悲しいドラマを見ていても学んでなどいないのだ。

一番の元凶である見栄と、身分不相応な欲望には負けてしまうのだ。もちろん、数は少ないのだが、健全な生活と家族が大切としっかり生きている元社員もいる。

いずれにしても、債権者で生きていてもその立場から自分の人生を見直して、しっかり生きていくということは如何に難しいことかということだ。

「業務状況報告書」

この報告書は、支店の動向を把握するための資料と、何か問題が発生した時のための証拠として用いるために記載させた。

報告書は後々まで残るので、実際には汚い言葉の応酬や、時として行われた暴力行為に関する記録は残っていないのだが、いつもこんなに生やさしいやり取りがあったわけではない。

が、この報告書を読んでもらうことによって、果たして被害者は存在するのかどうかを読み取って欲しい。

今回、この報告書を掲載するに当たっては、固有名詞は伏せること。お客様に迷惑が掛からないよう、サラ金規制法が施行される以前の古い資料にかぎること。この二つの条件で載せることにした。

尚、報告書の中で債務者の職業が「不明」となっていたり「無職」となっているケースが多く出てくる。

これは滞納が目立ち始め、督促に行った時点での職業の種別、有無のことだ。契約時は全て職業をチェックし、有職者(しかも、昼間労働者)とのみ契約を締結していた。

誤字・脱字・固有名詞の他は、極力原文のままとしている。

記載した社員の方も小説風にしてみたり、五,七調で書いてみたり、と“遊び”も見られるかもしれないが冬の寒い夜や早朝、お客に知られないために車のエンジンを止めて寒さに震えながら何時間もじっと債務者の帰宅を待っている。

やっと帰って来たと車を飛び出してつかまえ、督促の言葉を言おうと思っても、寒さで口が回らずうまくしゃべれなかった、などというのはしょっちゅうのことだった。

そんな督促の状況を身を持って知っている私としては待つ合間に書く報告書は事実が書いてあれば、少々の遊びやユーモアは構わないという方針をとっていた。

そういうことから生まれた報告書を読んでみて、お金を軽く、そして甘く見た人たちの姿を是非読み取って頂きたい。

(ここに掲げた債務者は全て、小口貸出分であることを付記する)

順不同
昭和54年3月30日  21時00分

スナックRに行く。我々が訪れた時お客は一人もいなく、彼女ともう1人の女性が開店準備のためそそくさと働いていた。

当人が取り敢えず入って下さいと言うのでボックスで話す。

彼女の話では他にも約500万円位の借金があり、銀行へ貸付を依頼しているが、なかなか思うように行かないとの由。サラ金業者には約200万円の借金があり、他店も約3~6か月位利息の支払いをしていない為、毎日毎日督促を受けてノイローゼ気味であること。

この間駅前のW社の人が来て、当人の実弟と激しい口論となり、弟は野球のバットを持ってきて立ち向かって行ったところ、W社のもう1人の者が車より刃渡り約30㎝位のドスを持ってきて、流血に及びそうな所までいったが、騒ぎが大きかったので人が沢山集まって来て、大事に至らなかったとの事を話す。

「御社の様に優しく言われると、本当につらく申し訳ない気持ちで一杯です。何としても返済したく思うが、お金がないのが現状なのです」……とこぼす。

S・W渉(会社員)
昭和52年8月18日 夜 (報告者 NとI)

S の愛の巣はCマンション2階であった。本人は留守です、と奥さんが答える。

「奥さん、ご主人は…」

と言いかけると、

「私は奥さんなんかじゃないわ。彼にはちゃんと奥さんも子供もいるわよ」

「えっ」と言うと「私の所へは時々しか来ないわ。Sの借金で私の所へ来られても迷惑だわ」

「でも、Sさんのカードには貴女の住所が記載されていますので、こうして夜にお伺いしたんですよ」

「Sは今日帰るかどうか分からないわよ」

「我々もこうして夜訪ねてきているんですから何とかなりませんかねぇ」「じゃあ待ってください」

と彼女は部屋の中へ消える。しばらくするとお金を出し、今回きりですよ。後は本人か奥さんに請求してくださいね、と冷たく言われる。

―寸評―彼女は一見して水商売と分かる風体である。顔は…彼女の人格が傷つくし、お金も支払ってくれたので、あえて美人としておこう。

Cマンションに2人はすんでいるが、これで2人に愛の終結が来、長く愛は栄える事なく短くも儚い秘め事は今日を境に音もなく崩れ去ることを心から祈りつつ帰路についた。

昭和52年8月26日

本人S・M来店。全額完済する。35,945円。本人は心なしか後悔の顔色をなしていた。「色男は辛いね」と言うと、「そんなことないですよ」と薄笑いを浮かべ、当店を去って行った。

完済

T・H洋 (職業不明 蒸発)
昭和52年8月31日 21時30分 (報告者 K)

本人蒸発。家は引っ越しの為保証人の自宅に行く。自営業手伝いだが、家の周りは立派な鉄筋コンクリート建築3階建て。

すぐ事務所に通されソファに座る。本人と母親、その兄弟4名に囲まれる。女性3名、男性2名。まず母親は女傑である。大阪生まれのためか言葉がすごく汚い。

7月23日付け元金4万5千円。利息は1年位取っているのだから、元金2万5千円で完済にしろと言われ困った。母親、法定利息から不動産担保貸付、小切手、手形、サラ金。

あらゆる事を知っていて話がつかないので、我帰ろうとしたら、ちょっと待って、と母親が言い、電話をとり、誰だか分からないが話をし、自分と代わったら顧問弁護士だった。色々言われ長時間話し合い、最終的には元本確保4万5千円に、利息2千円で完済。子供は美人です。

H・T男(職業・不明)
昭和52年7月22日 夜 (報告者 IとK)

H・T男の保証人(どうにもならない)より電話があり、本人が見つかった。

自分と同業の第3の男が仲に入って支払うので会いたいとの事で会う。一見ヤクザと見える人物。話し合ってみると債務引受をするとの一言で金2万円集金し、残金は2万円×4回で完済。

信じていいと思う。尚、本人は目が窪み、色浅黒く下を向いたまま。

I・S悦 (職業・不明)
昭和  年7月21日 (報告者 OとN)

自宅まで行く。かなり立派なマンション。窓が開いており、ブザーを押すと妻出てくる。〇〇ですがと言うが、全然動じずふてくされる。

6か月も入金もないためO氏怒鳴りつける。奥に入りまたまたふてくされた態度で千円持ってくる。生活費ですが、と言い投げるように渡す。

再びO氏エキサイト。確かに以前はかなりの豊かな生活をしていたものと思われる(但し、現在はあまりよくなさそう)

しばしO氏怒鳴るが、妻ふてくされた態度変わらず。追認をとろうとするが、嫌がる。
しばし説得。妻奥に入り、22日、2千円送金の旨書いてくる。

残金はどうするのかと迫る。こちらの追認保証用紙を出すと、又奥に引っ込む。なかなか出てこない。しゃくりあげる声がする。

まだか、と怒鳴る。妻泣きながら出てきて、22日2千円、毎月22日3千円×9回の保証を書く。完済。

I・K弘(職業・不明)
昭和52年3月22日 夜 (報告者 NとD)

父親らしき人が対応に出るが、当方の名を告げるに、少々お待ちを~と奥へ去る。しばらくすると、ガッチリとした体つきのいかにも働き者と見える母親が対応に出てくる。

再び当方の名を言い、集金に来ましたと言いますに、母はがっかりした様子を体一杯に表しました。なかなかお金を渡してくれません。

息子の至らなさをくどくどと語り、母の苦労を説くのでした。利息が1万5千円以上になりますと言うと、えー、そんなに高えのかねぇ~。

だってお母さん、4か月間入金になっていないんだよ!ひどいよね全く、お宅の息子はねぇ。

ああ、しょうがねえ親不孝息子だ!あんな野郎息子と思いたくねえよ!再び愚痴を並べてから2万円入金してくれた。

S・T雄 (職業・不明)
昭和52年12月27日 (報告者 KとI)

本人会社休(退社予定)。会社上司より電話有り。また親族より電話有り。かなり原点の話をされ、至急自宅に行く。

母親とおばとの話し合いとなる。本人はかなり気が弱く、何を考えているのか解らず、もしかしたら自殺するのではないかという話になり、子供を思う母親そのものである。

その場所からおじの家に電話をして話し合いとなり、お金を用意してあるとの事でおじの家に行く。

やはり、叔父の家族も蒸発とか自殺するのではないかというような話ばかりであった。本人より連絡があったら必ずつかまえる約束をし、金額13,700円を集金して帰る。

完済。

昭和53年5月9日 23時00分 (報告者 IとH)

新規のお客でありながら一度も入金無し。会社にも出社していない。夜23時00分頃アパートを見つける。ドアを叩くが応答なし。

裏に回り窓ガラスをたたいたり、懐中電灯で照らすが同じ。再びドアを叩く。郵便受けを指で開け、口を付けて、

「中にいるのは分かっている。空気の匂いで分かるんだよ、Mさん」何度か続けると、10分ほどして電灯が点き、本人パンツ姿で登場。ふてくされている。しばらくやりとりして1万円入金する。

妻を連帯保証人とする。

☆豪雨の為、クリーニング仕立ての背広がびっしょり。

急に腹が立つ。

完済。

T・M夫(無業・不明)
昭和5年2月16日 22時00分 (報告者 MとO)

静かな住宅街の一角。古びた2階建ての家。玄関の灯りは消えていて鍵がかかっている。台所の灯りがついているので呼ぶと灯りが消えた。横に回って名を呼ぶが応答なし。

「いるのは分かっているから出てきて話をしましょう」

と柔らかく声をかける。美声が聞こえたのか、中から女の声。姿を見せようとしないので、

Mが

「戸を開けて話をしましょう」

と言うが、女受け付けず。柔らかな押し問答が、2・3分続く。すると、中でドタバタと異様な物音。突然Mの一声。

「逃げろ!」

訳も分からず、とにかく走ってその場を立ち去る。M の姿は見えず、少し走った所で後ろを見ると、中年の女、髪を振り乱し胸に包丁を持って走って来る。

そこで当方ようやく状況を察知し、一目散に逃げ切る。危うく一名を取りとめた。
教訓 さすがのスピリットも狂人と刃物には逃げの一手。

 完済。

T・T隆 (職業・不明)
昭和53年5月31日 (報告者 OとW)

込み入った住宅街の一角。2階建ての木造住宅。右にS(妻の実家)、左にTの表札がかかっている。

玄関のドアを開け、すいません、Tさんおりますか、と聞くと

「なんだお前達は、帰れ、帰れ」

ととりつく島もない返事が返ってきた。それでも当方、すいません2階のTさんに用事があると、朝何処かへ出かけるが、近所との付き合いはしていないので分かりませんとのことである。何人か集金の人が出入りしているとのことで貼紙をして帰る。

昭和54年3月27日 13時00分 (報告者 N)

2階造りの借家で上に2所帯、下半分が小屋と部屋であった。

当人の住まい(2階)の玄関の前にはビール類の空びんが沢山あり、玄関には貼紙の跡も数か所ありました。当人は不在の為、書置きをして下の家の人の話を聞きました。

Eさん談。「当人は非常に派手であり、近所付き合いもない。生活には追われているとは思われない。いつ帰っていつ出かけるかも不明であり、子供も今では学校にも行っていない。

心配して先生も訪れるが、居留守を使って会おうとしないし、誰が行っても応対に出ない。今佐野市の方で水商売をしているようだ。夫は夜非常に遅く帰る」との事。

昭和54年6月14日 12時00分 (報告者 NとD)

当人の夫の家に行く。

家は小ぢんまりとした住まいと、大きな倉庫が接しており、Yアルミサッシの代理店の看板が家の玄関に表示してあった。

ちょうど昼時だったので失礼かとは思ったが、当方の名を告げ、要件を手短に言い、事務所の中に入って行った。

当方が来たのにすぐ気づき、父親と思われる人物が応対に出てくる。

「遠い所まことに恐れいります。息子達がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

と、深々と頭を下げた。当人達を助ける気は無かったのであったが、あまり長い間放っておくのも業者の方に申し訳なく、当人達も多分反省していると思い、ここにすべて清算し出直しの機会を与えようと思っている由を長々と語り、4万円で申し訳ありませんが、と元金全額手渡してくれた。

このK子は昭和52年12月1日より全く入金が無く、何度自宅に行くも会えず、又当人の実家へ電話するも話にならず、夫の実家も初めのうちは全く拒否されてきたのであった。ねばりの完済であった。D氏と共に手を取り喜ぶ。

完済。

昭和53年7月29日 10時45分 (報告者 O)

会社に電話したが、休んでいるとの事で自宅に電話をする。妻が出る。ご主人はと聞くと、具合が悪く寝ているという。〇〇ですが、と言うと実状を話し始める。

実は主人はここ数日帰ってなく、昨日自殺未遂をしたと連絡があり引き取って来た。現在10件で100万円位あり困っている。

前回(去年)もあって、家族・親戚が代払いし、今回で5回目だという。

今回は主人も考えを改めたようなので、私が働いて生活費を作り、息子(高一)はバイトで学費分を稼ぎ、主人の分で何年かかっても払っていかなければと思っている。

相談に乗って下さいとの事。妻、7月31日に相談の為来社。

完済。

A・T哲 (不明)
昭和 年10月13日 夜 (報告者 MとO)

自室へ行く。アパートの1階で呼び出す。中から応答あり。

少し経ってからドアが開く。本人は寝ていたらしく、多少寝ぼけ気味。6帖の部屋の中はゴミ箱同然で布団は敷きっぱなしで汗臭く、足の踏み場もない。

C大を出ているが、そんな面影はさらになく、持ち金は20円ほどしかなく、実家からの送金を待っている状態。

本人の友人に返済を頼むも誰もいない。しきりに実家からの送金が来るのでそれまで待って欲しいとのことであった。

もう勤める意欲もなく、自分に嫌気がさしている模様。10月一杯は在住するが、その後は実家の方に戻るとの事。

全く気が弱い性格で、部屋を出る時はもう泣きそうな顔であった。10月17日午前中に来店して完済の確約を取る。

完済。

T・K夫(無色)
昭和52年9月28日 (報告者 MとO)

自室へ行く。借家ということで探したが見当たらず、近所の人に聞く。アパートの2階。本人在宅、部屋の中は乱雑。

小さな子供が2人いて、妻は一昨日から夜の務めに出ていて留守。金は無く質屋へ行っては都合している。

家賃、電話代等滞納。持ち金は無く金策の目途も今のところつかない様子。経営していたスナックは賭け事で負けたらしく、Kというヤクザものに占領されたままの状態。

言い訳が多く、誠意はあまり見られず。我々が話をしていると借金請求の人が見えた。取り敢えず千円を入金させ、次回10月17日に出来る限り送金を約す。本人は債務者の割には太っている。

昭和53年6月9日 22時00分

書類は持って出なかったが、以前来ていたし、別件の所とすぐ近くなので、寄ってみることにした。

妻が出てきて、何か怪しい物でも見るような顔つき。本人は何処かに勤め始めたらしいとの事。まだはっきりしないので分からない。

先日差し押さえに来て、冷蔵庫・箪笥等全部持って行かれた。それで済んだらまた差し押さえの書類が来てビックリするやら情けないやら。

スナックの方は上手くいかず閉めてしまったらしい。

ヤクザ関係が怖しいので、店の方へは行っていない。子供の給食費が2か月溜まったと学校の方から連絡があり、子供に惨めな思いをさせている。幼子がいなければ私も働きに出たいのだが。本人が帰宅したら連絡するよう頼んで帰社。

完済。

K・M子
昭和52年11月15日 12時30分 (報告者 K、IとD)

自室に行く。15日付の新聞があり、家は借家とのことだが、造りが立派である。ドアを叩き、ブザーを押してもなかなか応答がないので、本人留守と判断し親元が近くなので実家に行く。

12階建ての都営住宅の11階である。ドアを叩き、ブザーを押すがなかなか出てこない。
しばらくして母親が出てきた。〇〇ですと言うとドアを開けた。色々と話し合い、持ち金1,500円の内1,000円集金し、残金は11月26日利息+元金1万円送金の約束をして帰る。

尚、本人は夫の妹の家に遊びに行っているとの事。また、母親は福祉の援助を受けている。父親は脳が侵されていて、奥の部屋でぶつぶつ言っていた。

T・M実(?)
昭和53年7月25日 昼 (報告者 OとN)

本人おらず、妻と話す。初めからヒステリー気味。今日、急に金を払えと言われても払えないと言う。
1年分も金利を溜めているのだから、多少でも入金してくれと迫る。

金の話をし始めると段々と逆上してくる。余りにもふてくされた態度なので強く迫ると、夫に連絡します、との事で場を離れる。

なかなか戻ってこないので、早くしてくれと言うと、妻がヒステリー気味に出てきてジュースのコップに躓いて壊す。

夫の連絡先を聞き出した後、入金を再度迫る。妻、今にも近くの花瓶を投げつけそう。危ないので逃げる。逃げる際、花瓶を投げそうだったため、手を振り払う。

昭和56年8月24日 14時45分 (報告者 D)

借家に行く。ショートパンツスタイルの妻が出てくる。今日は一銭もないので勘弁して下さい。ガソリン代位あるだろう。妻は敏之君から3,000円借りてくる。敏坊ゴメンネと言って帰る。

次回は8月31日、妻来店する。

N・H子(主婦)
昭和52年9月3日 11時00分

ご主人のN・Y一氏と会う。

「もう1年位前になりますか。私は仕事の関係で、帰宅時間が遅くなっていましたので、妻から友人のスナックでパートで働きたいと相談を持ち掛けられ、2~3時間のパートならいいだろうと気軽に承諾したのだが、今になっては悔やまれます。

私が帰宅しても、妻はそれより遅く、夜中の1時、2時になりました。初めは気にも留めておりませんでしたが、数が重なり、変に思い、ある日思い切り問いただすと店が忙しいもので、という答えしか帰ってこないんです。

でも、妙に気がとがめますので調査した所、妻の不貞が明るみに出たので、再び妻に強要すると、すみません、許して貰いたい等と私は貴方に言えません。

もう貴方のいい様にして下さいと、ポツポツ話しました。

その時は、私は子供のこともありますから、お前さえ今後2度と不貞を行わないなら許そう、そう言ったのですが、結局は妻も気がとがめたのでしょう。

先月、男の元に走って帰りませんでした。数週間の間は考えても考えても何か胸につかえるものがあって苦しみましたが、結局は離婚に踏み切ることにしましたが、貴社に対する妻の借財は、現在はお支払いできませんが、妻と妻の両親に事情を話し、解決する約束は必ずします。

昭和52年9月14日

9時30分両親来社。親不孝な娘だと、ただ泣かれ訴えられる。
当方も両親の心情に深く入り込み、全額完済で解決する。

F・K司(不明)
昭和52年7月8日 夜 (報告者 KとO)

夜自宅に行く。両親在宅で家の中へ招かれる。

父親はとび職風で若い衆を数人使って親方そのもの。気風荒く、会話中に於いても母親の方と強い口論度々。

父親大分ヤケ気味で会話の中で金融業の暴力団とかなり口論し、父親が言うにはそんなものちっとも怖くないとのこと。

父親も以前3年間刑務所に入っていた。会話徐々に穏やかになり、借りたものは返すのが当然との事で話し合いまとまる。

追認保証は取れなかった。父親が口約束で、必ずお宅には払うというので帰る。

※疲れた。

N・Y明 (刑務所服役中)
昭和53年6月27日 8時00分 (報告者 D)

自宅に行く。本人は刑務所に入っている。妻が代払いをしているが、朝行くと色男、年の頃なら25~28歳位の男と朝のトレーニング中であった。

子供が出る。妻は上半身裸である様子で、首だけを戸の外に出して、

「来月全額払います!」

と息を切って答える。世の中色々あるものだ。顔の化粧も取っていない、あらわなスタイルである。主人も主人なら妻も妻である。

子供がいるのに!? 妻代払い。

完済。

H・M勝 (無職)
昭和53年6月20日 11時00分 (報告者 OとD)

Hの自宅に行くと妻が出て来た。

「〇〇だけど、奥さん金は送ってくれたのか!」

「今お客が来ているので」と前置きして、

「昨日、ある銀行から送りました」

「送ってあるなら受け取りを見せてください」

「それは忘れて持ってきてありませんの」

「忘れた、じゃなくて送ってないんでしょう?」

「いいえ、送ってあります。本当に送りました」

「奥さん、送り状を見せなよ」チョット大きい声。

「私は間違いなく送ってあると言っているでしょう。失礼しちゃう」

「送ってあるなら、受け取りを見せな」

「そんな言い方はやめて下さい。ヤクザですか」

「ヤクザとか何とかじゃない、送り状を見せな。送ってないんだろ」と、大声で詰め寄る。

この時、奥の方でガラッと戸の開く音が聞こえた。

「誰だよ。朝からうるせえな」と言いながら本人が出てくる。

40歳をちょっと過ぎたヤクザ風の男である。

「うるせえとはどういう事だ」

「朝からガタガタうるせえと言っているんだ」喧嘩腰の口調である。

「金を返してくれと言っているんだよ。〇〇だよ」

「金が無いから返せないんだよ、うるせえ」

「ふざけるんじゃないよ、お前に返してくれと言っているんだ。早く金を返せ」

「ふざけるな、この野郎」と言ってOの方へ2、3歩動く。これはまずいと思い、中に入る。

「まあまあ、O君もちょっと待ってくれ。Hさん、あなたの奥さんが嘘をつくからこういう事になるんだよ」

「ハイ、そうです。私が約束を守れなかったから、私が悪いんです」

「奥さん、送ってなんかないんだろ?」

真っ青になって震えながら、尚も妻は、

「いいえ、送ってあります。必ず送りました」

「送ってあるのなら、3時迄に会社の方へ送り状を持って来てくれ」

この時、Oの一発が聞こえる。大声で、

「奥さん、嘘を言うなよ、ウソだろ」と言って、公衆電話に向かう妻に、

「奥さん、警察を呼んでもかまわないが、昨日も警察を呼んだお客がいたが、借りている方も悪いと言ってたよ」

「それもそうですね」足は止まる。

「どうでもいいが、Oもこう言ってしまってはあとには引かないよ。今日、いくら入る?」

本人M勝とOはにらみ合っていたが、本人は折れ、スゴスゴと奥に入ってしまう。

「そうですね、5千円位なら入金出来ます」

ブルブル震えながら、妻は奥の小部屋へ入って行った。

私達2人、顔を見合わせ目で合図する。5分位の間、夫婦のボソボソ話す声が聞こえる。
少し待っていると5千円入金して本日送り状を持って必ず伺います、との話である。

近所の家々からは、顔、顔、顔…が、我々2人を嫌な顔付きで見ていた。ギローッと見渡すと一斉に家の中に入ってしまった。

督促人としては、気持ちのいい一日は始まろうとしていた。雲の間からは、真夏の太陽がニッコリ笑って顔を出して我々の勝利を祝ってくれていた。

完済。

如何でしたでしょうか。債権者は貸金を返済してもらえないのだから被害者でしょうか。
債務者は厳しい督促をされているのだから被害者でしょうか。

この報告書を見る限り被害者はいたのでしょうか。加害者同士のやりとりとしか見えないのですが。

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