「第3話」お金は臆病だ

「室井君、俺は天才かな」

平成元年のある早朝、中学まで同級生だった山田の明るい声が電話の向こうから聞こえてきた。

「会社四季報見てよ。俺は個人で筆頭株主だよ」

山田は中卒で集団就職で上京した。頑張って妻と二人で小さな印刷工場をやっていた。

一階が工場で二階は住まいで40代でそれだけの資産を作ったのは大変な努力であったことはわかる。数年前から株に興味を持ち、私にも情報をくれた。

私は株の売買にはあまり興味がなかったのだが、山田の言うとおりにして利益を得ていた。だが、不動産と同様にピークは過ぎたと思っていたので、

「山田君、今売れば借金を差し引いても10億以上残るだろう。一回清算して一年位様子を見た方がいいよ。僕は株はすべて処分したよ」

と言ったが、

「室井君、今26億位だから100億までやりたいんだ」

「100億までやって何をしたいの」

「野生の動物園を作りたい」

と言って明るく笑った。それから20年位経った頃、二人で居酒屋で会った。

「室井君、俺はあと200年生きても借金は終わらないよ。来月女房と田舎に帰ろうと思う。景気が良かった時に母に作ってやった小さな家があるんだ。母名義だったから差し押さえされてないしね」

山田は工場と住まいと底地のすべてを失い田舎に帰った。

工場や家は夫婦で一生懸命働いて買ったもので、バブル時の株の儲けで買ったものじゃない。だが、それまでも失ってしまった。

お金とは扱いを間違えると今まで引き継いだり、築いたりしたものまですべて連れ去ってしまうものだ。山田の最後の言葉が耳に残る。

「室井君、売れ、売れ、今なら売れと言ったよね。俺はあの時熱くなってその言葉が耳に入らなかったよ。興奮して眠れなくて毎晩六本木のディスコに行って踊りまくっていたんだ」

山田はあの時、途方もないお金を手に入れたけど、手元にあったのではない証券会社の口座と株券を担保に入れたノンバンクの口座にあっただけだ。

万一、一億でも手元に置くだけのお金に対する心遣いがあったら、何か変わったのでは、と思ってしまうのは現金に対する私のこだわりか。

「お金は二つの要素で出来ている」

ひとつは「約束を守る」ということ。もう一つは「時間厳守」ということだ。

それは、そのお金を使う人間の考えで決まると考える人もいるだろうが、それは違う。金そのものの成り立ちから考えれば、この二大要素の必然性が分かる。

必ず期限が決めてあり、守れなかった場合の罰則もついている。日にちの期限だけでなく、時間まで存在する。

銀行の振り込み日を一日過ぎても、振込時間が一分すぎてもその日の振り込みは出来ない。約束を守れなかった者は延滞者としてブラックリストに載ることになる。

銀行口座に入金してあっても、決済額に一円でも不足すれば決済されない。

「一円や十円位立て替えておいてよ。明日持参するからいいでしょう」

などと言っても無理だ。

お金には「約束を守る」「時間厳守」という二大要素があり、それは世界共通であり、アメリカ大統領から、ホームレスに至るまで同条件のものなのだ。

これを認識していない人は、ついうっかりなどという安易なことで人生を棒に振ったり、会社を潰してしまうこともある。

もう一度言っておく。100万円の決済のために99万円を口座に入れてあっても決済にはならない。

そして、あなたはブラックリストに延滞者として名前が載るということだ。さて、金の鉄則が分かった。何と金は融通がきかず、鉄のように固く氷のように冷たいもの、と感じたかも知れない。

その通りだ。金には二つの鉄の掟(約束厳守・時間厳守)がある。

しかし、その鉄のように固い規律を持つ金の性格は面白い。「寂しがりや」と「臆病」という二つの性格を持っている。

「寂しがりや」とは、「お金は人間と同じで寂しがりやです。だから仲間がたくさんいるところに集まりたがる」

この言葉は古くから言われている。私もそう思う。人間は一人では生きられない。昔から1000人の人間が住んでいる村があれば、何か自分の生きる術を使って働き口を見つけるなり、商いをすることで生計を立てられる。

その村で男と女が出会い、恋愛をし、結婚して子供も生まれ、村も活気づく。

人が大勢集まる大都会になれば、窃盗、万引き、詐欺などはもちろん、殺人や強盗などの凶悪犯罪も起きる。

それでも大都会に人は集まる。若者だけでなく、職を求めて中高年もやってくる。お金はそういう人間とよく似ている。

集まり始めるとどんどん増える。集まったお金を価値ある利用の仕方をして大切に扱えば、その人からお金は逃げない。

ビジネスや適正な消費で出て行ったお金は、しばらくすると子供や孫を連れて必ず戻って来る。

だから、個人も企業もお金が友達を誘ったり、子や孫を連れて戻ってきたくなる空間と環境を準備しておく必要がある。

「お金の好きな条件」

お金が戻って来たくなる環境とは、

一、 無駄のない合理的な場所。
二、 整理整頓されて自分の居場所が正確にわかる場所。
三、 保管が安全で、安心して休息し、次の活動に備えることが出来る場所。
四、 嘘をつかず約束を守り、不安を起こさせない場所。

一から四までを見ると、まるで経営哲学だ。

その通りなのだ。人々が生きていくために便利なものとして考え出され、発達してきた金だ。経営の理論にぴったりと納まるものだ。

だから、金の性格を知ると、経済的に恵まれた生活とビジネスとして成功することに繋がるのだ。

「もう一つの性格」

「金は臆病だ。だから仲間と同じ行動をとりたがることが多い」

この言葉を分かりやすく説明すると、きっと、日本のバブルや現在中国の大都市で起きている不動産の情勢を思い起こすと分かりやすいと思う。

金は一人でどんどん進んでは行かない。生の情報をできるだけ集めて周囲の様子を見ながら、目的地に着くために通る橋を渡って行こうとする。

しかし、渡って大丈夫そうだと判断すると、欲望が膨らむ速さと同様にスピードは速い。

それを不安と欲に駆られながら窺っていた金の集団は、今度は乗り遅れて儲けそこなっては大変と一気に動き出して橋に向かう。

みんなで渡る橋は金でいっぱいになって零れ落ちるものもあるが、たいていは何とか渡り切る。

しかし、それを見ていた日和見の集団までもが、何も考えずに橋に殺到する。

今度は数が多すぎて橋に渡る前から、ポロポロと落ちる者もいるが、何分の一かは渡り切る。

さあ、ほぼ地域の金が橋を目指し終わる頃には先に渡って成功した金は、仲間や家族を増やして橋に戻ってくる。

しかし、後から後から大騒ぎしながらひしめいて渡って来る金たちを見て、橋を渡ることを避けて、橋の下の川を泳ぐか船でわたるかして戻ろうとする。

ここで溺れたり、船を見つけることが出来ずに帰れない者もいて、無事渡りきる者は少数だ。

まもなく橋の向こう側に火の手が上がる。金が燃えては大変、と慌ててみな橋に戻って来る。

しかし、火事に気がつかない金や、気がついても大したことはないだろう、と高を括っている危機意識を持たない金は、この期に及んでも無理やり橋を渡ろうとする。

狂ったようになって帰って来る金の集団と欲に火が点いて渡って行こうとする金の集団が橋の真ん中でぶつかり、もみ合って橋から落ちるか、押しつぶされるかして全滅だ。

やっと逃げ延びたお札もボロボロで、市場で役に立つかどうか分からない。
どうだろう、金とはそういう性格のものなのだ。

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