まるで絵に描いたような借金地獄はマインドによって作られる

お金と聞くとどのようなイメージを持つだろうか?人によっては豊かな生活の象徴という良いイメージを持つ人がいるだろうが、一方でお金は汚いとか悪いことをしないと稼げないというマイナスのイメージを持っている人も多いようだ。

しかし、真実はお金には良いも悪いもない。お金はあくまでも取引を便利にするためのツールであり、良いか悪いかは使う人の在り方によって変わる。

お金に利息という概念が定着した後は、お金が新たなお金を連れてくる性質が備わり、借金が借金を連れてくる性質も備わった。

つまり、お金は使う人によって、たくさん増えることもあれば、どんどん減ることもあるのだ。

本来お金はニュートラルな存在であるのだが、こういった性質上、天使として微笑む時と、悪魔としてほくそ笑む状況のどちらかを生みやすい。しかし、その状況を作っているのは、使う人の心である。

心が行動を引き起こし、借金を作り出す

お金が自分の味方になるのか、敵となるのかは使う人の心(マインド)が決めている。

なぜなら、心が行動を作り、行動が習慣を作るからである。たとえば、欲しいものがあった時、さまざまな選択肢があるはずだ。

手持ちのお金を気にせずに買おうとする場合、一定期間迷ってから買う場合、買わないと決断する場合、貯金計画をして貯まったら買う場合など、その状況ごとに選択肢に幅がある。

そして、これらの意思決定は心が行っている。心は脳機能の一部であるから頭といっても良いかも知れないが、いずれにせよ、自分の思考が行動を決定づけているのである。

もしも、借金に苦しむ生活を送っている人がいたとすれば、その根源を探ると心に行きつくこととなる。

借金生活はどのような習慣によって陥ったのか、その習慣はどういう行動を繰り返したことで身に着いたのか、その行動はどういう心が決定づけたのか、しっかりと見つめ直すことが必要だ。

信用情報はお金に対するマインドの鏡

心は目に見えないものであり、お金に対する心といわれてもピンと来ない人もいるだろう。しかし、貸金業者は申込者のお金に対する心をしっかりとチェックしている。

お金に対する心をチェックする方法は、信用情報を見れば一目瞭然だ。信用情報機関には個人の金融取引の全てが掲載されている。

お金を借りてきっちりと返している人は信用力が高くなり、借入審査は有利になるが、お金を借りて遅延や滞納を繰り返した人は信用力が低くなり、借入審査には不利となる。

人間の行動にはパターンがあるため、信用情報からお金とのかかわり方を読み解くのは容易である。

そのため、その人がお金に対してどのような思考や行動をしているかも透けて見えるのである。つまり、信用情報はお金に対するマインドの鏡なのだ。

安易な借金が多重債務を招く

借金をする人と行動のパターンを紹介しよう。借金をしてから債務整理をするまでのパターンは驚くほどパターンが似ている。まず最初は安易な借金からそのパターンが始まる。

お金が足りない時、借金を選択するのも心が行っている。

返済計画がないのに借りてしまう楽観思考の人や、ひっ迫した状況で目線を落として冷静な判断ができない人など、その状態は人それぞれであるが、いずれにしても借金という選択肢を最初に選ぶのは本人の心である。

その最初の選択が、後々の借金地獄の引き金となるのだが、その時の選択が安易であることは、この時には分からない。計画性のない借金はその場しのぎに過ぎないということは後で気が付くのである。

初めての遅延が借金地獄の前触れ

初めて借金をしたことが後の借金地獄のきっかけとなる人は多いが、ちゃんと借金を返すことによって悪循環から抜け出す人もいる。

そういう人はかえって金融取引の実績を積み、後の取引も有利となって全循環を生み出すのだ。こういう人は、借りる段階できっちりと計画性を持って利用している人が多い。

では、両者の違いはどうすれば見分けることができるのだろうか?結論からいうと、借金地獄に陥る人には大抵の場合「前触れ」がある。

それは初めての遅延だ。初めての遅延を前触れとし、その後、たびたび遅延を起こすようになると、借金地獄への王道パターンへ進むこととなる。

もしも自分が借金をしているのであれば、遅延した段階を前触れと考え、おおいに自分自身を戒めてもらいたい。

遅延になれると滞納が平気になる

遅延という前触れを起こし、遅延を繰り返すと、そのことが当たり前のように思えてくるのだろう。滞納が平気になってしまうようだ。つまりここでも心が作用している。

今の時代は昔のように怖い取り立てがなく、法律に乗っ取った取り立てであるため、利用者はある意味守られているのだ。

もちろん、それが悪いということではないのだが、滞納をしてもある意味マイルドな取り立てであるため、平然としている人もいるようだ。

しかし、本当に怖いのは取り立てではなく、人間の馴れである。

初めての借入の際には返すことを前提にしていたとしても、気が付けば遅延や滞納を繰り返すのだから。さらに悪化した状況に慣れるのは避けたいものである。

債務整理という最後の手段

遅延や滞納を繰り返しているうちに、もはや借金を返済するという思考が薄れて行く。特に多重債務者の場合には、何とか借金を返すよりも、何とか借金をなくすということに心が動き始める。

もはや、借りたものは返すという一般的には当たり前の概念が、頭の中から消えてゆくのだ。

その結果、債務整理という手段を選ぶ人が多い。今やインターネット上で、債務整理にかんするさまざまな記事が分かりやすく書かれているため、気軽に弁護士や司法書士に相談する土壌が整っているといえるだろう。

しかし、多くの人が気づいていないことが、債務整理をして借金から解放できるわけではないということだ。

ここまでを引き起こした「心」を変えないと、お金が味方として微笑んでくれる日が訪れることはない。債務整理で肩の荷を下ろした時に、借金マインドも一緒に下ろす必要があるだろう。

お金は人格がそのまま投影される

このように、お金は人格をそのまま投影するものだ。使う人の心が借金マインドであれば、ズルズルと借金地獄に陥ってしまう。

状況のせいにする人もいるのだが、その状況を作っているのは心である。そのことをしっかりと認識して、お金と上手に付き合ってもらいたい。

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